プロフィール

自 己 紹 介

項  目内          容
氏  名川口 幸男(カワグチ ユキオ)
生年月日1954年生まれ
最終学歴東洋大学通信教育課程法学部法律学科卒業
前  職地方公務員
開  業平成15年11月(事務所名:川口幸男行政書士事務所)
座右の銘初心忘るべからず
経  歴昭和29年:神奈川県小田原市で出生。
昭和47年:高校を卒業後、神奈川県秦野市役所に奉職。
平成14年:秦野市役所を自己都合により48歳で早期退職。
平成15年:行政書士事務所を開業。
現在に至る。
1.最初に選んだ仕事が・・・
 私は、小学校の4年生になった頃から人の役に立てる仕事に就きたいと考えていました。
 確か、小学校の卒業文集には、将来は警察官になりたいと書いた記憶があります
 高校は商業科でしたが、家庭の事情もあって就職以外に選択肢はありませんでした。選択肢が無いというより、自分自身、就職以外は考えていなかったと言った方が正しいかもしれません。
 就職先は、県職か市職を希望していました。県職の方が市職より募集時期が早かったので、先ず県職(事務職)を受験しましたが、不合格でした。でも、警察事務に合格しました。
 どうしようかと考えていた矢先、担任の先生が秦野市役所で職員の募集をしていることを教えてくださり、受験しました。
 試験の出来が悪く、間違いなく不合格だと思っていましたが、なんと合格でした。
 そのようなことで、縁のある秦野市役所に入ることになりました。
 その時の採用者数は、大卒と高卒で合計25人位だったと記憶しています。
 秦野市役所では7つの部署に配属され、長いところは7年間、短いところは2年間、行政事務を執りました。
 そして、勤続27年目の平成10年6月、あることがきっかけとなり、退職したい虫が動き始めました。
 妻には、平成12年の4月頃に早期退職の話をしました。「なんで?」と驚愕していました。
 そして、遂に平成13年9月に退職の意思を当時の職員課に表し、平成14年3月に早期退職しました。不安はありましたが、気分はスッキリしていました。
 48歳のことです。その時、長男は高校3年、長女は高校1年でした。
 この年から、妻には大変苦労を掛けてしまいました。今でも、本当に申し訳なく思っています。
 それでも、親兄弟に借金することなく、長男と長女を4年生の大学まで行かせてやることができました。これも、妻のお蔭と感謝しています。
2.司法書士を目指すが・・・
 話は変わります。
 秦野市役所を退職した後、平成14年4月から司法書士試験の勉強を始め、平成15年7月に受験しましたが、完敗でした。
 その後、平成15年10月に行政書士登録をしましたが、司法書士への未練を捨てきれず、続けて平成16年・17年・18年と受験しましたが、択一式8割の壁を超えることができず、又自身の能力の限界を知り、司法書士の受験勉強に幕を閉じました。
3.行政書士の仕事が・・・
 ここからは、行政書士の話になります。
 平成15年11月開業。行政書士の肩書は得たものの、苦労の連続でした。
 今思えば、無謀としか言いようがありません。無知での起業(個人事業主)でしたから。
 それでも、いろいろやりました。
 飛び込み営業・DM・地方紙への広告・バス広告・電話広告・定期無料相談会等々。
 費用を掛けても、さほど売り上げにはなりませんでした。
 試行錯誤の連続でしたが、廃業を考えたことはありませんでした。
 それは、金銭的な面で多少余裕があったからかもしれません。
 これまでアナログ営業ばかりしてきましたが、平成20年3月にホームページ作成ツールQHM(Quick Homepage Maker)に巡り合えて多少の光が見えてきました。
 そうです、ウェブサイトによる営業です。
 このツールは、htmlの知識は不要で、誰にでも簡単にウェブサイトが作れるという優れものです。
 5か月掛けて事務所のウェブサイトを作りあげ、平成20年9月に公開しました。
 翌年の1月に建設業許可申請のご依頼を頂いたことを覚えています。
 このQHMのお蔭で、細々ですが今日までやってこれました。
 これからも、当行政書士事務所を必要としてくださるお客様のために、良質な情報を提供して参りますので、どうぞ、川口幸男行政書士事務所をよろしくお願い致します。